2013年1月23日水曜日

心をもつ機械

今日は2冊ご紹介しようと思います。
1冊めは、「心をもつ機械」です。
副題は「人工知能の誕生と進化」、著者はスタン・フランクリン氏、訳は林一氏。



本編619ページの厚めの本ですが。。。

とにかく、読みにくい。
文章が独特すぎる。
あくまでも私個人の感想ですが、ものすごく読みづらい。
ちっとも内容がわかりません。

まだ私には早かったということかもしれません。
使用されている用語にもっと慣れ親しんだら、読めるようになるのかもしれません。
そういう意味で、上級者向けの本、という分類にしておきましょう。

ですので、実は読破できませんでした。300ページくらいでgive upしました。

内容は…

よく二元論的に言われているように、知能は「ある」か、「ない」かのどちらかではなく、その間のどの状態でも取りうる、ということ(何を以って知能というかはまた別問題)。(同様に、「生物」と「非生物」も連続的に考えることができる)

単細胞生物でも、餌や避難すべき毒物、光や温度に対応して向かって行ったり逃げたりするが、これも単細胞生物なりの知能だろうとのこと。

この辺りの考えには賛同できる。

また、私の今までの感覚では、エキスパートシステムのように、システム自身は単語や文章の意味を知らないが、質問(入力)に応じて適切そうな回答(出力)を行う、記号を記号のまま扱うシステムでは生物のような知能は生まれないのではないか、と思っていたが、そうとも言えないのではないかと思えてきた。

ニューロンモデルでできることはすべて記号を扱うシステムを用いて再現できる、というような記述が、あったように思う。思う、というのは、今このコンピュータの隣にこの本を開いて探したのだが、見つけられない。逆の記述は発見できた。「テューリング機械で実行できるいかなる計算も人工ニューラル・ネットワークで実行できる」

何を以って知能というか、言葉の意味を解釈していると言えるのか、そういう問題はもちろん残っている。ニューロンを模したシステムなら言葉の意味を解釈していると言えるかといえば、おなじように分からない、と答えるしかない。
その意味で、ニューロンを模したシステムが人工知能を組み立てるのに良い材料だという断言はできない気がしてきた。


本の続きをパラパラとめくってみると面白そうな図が目に入る。ので、また機会があれば読んでみたいと思います。


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